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広報くらしき 2019年2月号

《特集1》倉敷の老舗

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岡山県倉敷市

市内には、激動の時代変遷の中で、さまざまな困難を乗り越えながら、長年にわたり家業の理念を堅実に守り、伝統の産業を継承してきた企業が数多くあります。市では、大正時代以前に創業した企業の中で、創業100年を超える企業を「倉敷の老舗」として顕彰しています。
今年度は、元治元年創業の1社と大正6年創業の5社へ、これまでの功績をたたえるとともに地域経済への貢献に感謝の意を込めて、感謝状を贈呈しました。

《平成30年度感謝状贈呈企業》

■丸米醤油(まるこめしょうゆ)(株)
連島町西之浦5283
元治元年(1864年)創業
代表取締役 三宅文尚(三宅家11代目)

江戸時代の元治元年に、三宅家5代目・三宅弥十郎が、屋号が米屋であったため「米屋醤油」として創業。米の販売と、しょうゆ醸造を始めました。大正年間に丸米醤油と改め、現在はしょうゆ・酢の醸造、しょうゆ加工品・ソース・みその販売を行っています。
丸米醤油の持つ、芳醇(ほうじゅん)な香りと濃厚でまろやかな味は、多くの料亭やすし店などで愛され、品評会でも数々の賞に輝いてきました。
現在蔵を守る三宅家11代目・文尚さんは、県内で造られるしょうゆの品質を審査する俐味(ききみ)検査員として、長年、他の蔵の品質向上に寄与してきました。そして、それぞれの蔵に伝わる醸造法は文化財であるという思いから、それが失われてしまわぬよう、廃業した6蔵元の醸造法や銘柄を引き継ぎ、その味に親しんできた顧客へ届けています。
自社が培ってきた伝統だけでなく、倉敷の食文化も大切にしながら、これからも、古き良き味にこだわり続けます。

■(有)板谷製畳(いただにせいじょう)
西田429
大正6年(1917年)創業
代表取締役 板谷章二(3代目)

厳しい修行を終え独立した、初代・板谷悦治が創業。2代目・たまる(さんずいに井)の、初代をも上回る厳しさと情熱は、3代目・章二さんへと受け継がれています。創業以来の、きめ細やかで丁寧な仕事は、「板谷の畳」として、地元から大きな信頼を得てきました。
板谷製畳では、畳を乾燥・殺菌させることができる機械を導入したり、洋風の色・柄のものや、畳表が紙でできたものなど、人気となっている、丈夫で色合いが変わりにくい畳への需要に応えたりと、時代に合わせたサービスの提供にも力を入れています。
これからも、顧客のお気に入りの逸品となるよう、的確なアドバイスを心掛けながら、伝統の「板谷の畳」を提供していきます。

■(有)捺染屋(なせんや)
西阿知町1014-3
大正6年(1917年)創業
代表取締役 佐々木周三郎(3代目)

初代・佐々木周平が創業。以来変わらず、イ草製品などへの捺染加工を行っています。捺染とは、染料をはけに含ませ、布などに直接刷り付けて染める染色法で、捺染屋では、その全てを手作業で行います。イ草生地に手彫りされた銅版を置いて、はけを使って染色し、色落ちを防ぐため生地を蒸気で蒸します。これらの工程が、長年培われた技術で手際よく行われていきます。
西阿知地区に8軒あった捺染業者も現在では捺染屋のみになりましたが、伝統の灯を絶やすことなく、技法は3代目・周三郎さんから4代目・和彦さんへと受け継がれています。
かつては中東地域に輸出される敷物への捺染が主力で、敷物はイスラム教徒たちが礼拝時に使用し、重宝されていました。1日に5,000枚を生産するほどの忙しさで、日々、船積みする時間との戦いだったといいます。
これからも伝統を守り、手作業にこだわった高い品質の捺染加工技術を提供していきます。

■三宅商店
本町13-22
大正6年(1917年)創業
代表 三宅二朗(3代目)

初代・三宅巳之助が、現在の美観地区で創業。菓子やパンの製造販売、たばこ販売などを始めました。巳之助は、パンの製造部門を発展させた「倉敷製パン所」も創業し、2代目・新一、3代目・二朗さんはその経営を受け継いでいきました。企業合併により、倉敷製パン所の名はなくなりましたが、二朗さんは退職まで、製パン会社の経営に携わりました。二朗さんが外勤している間は、妻の照子さんが店を支えました。
現在は業態を変え、切手などの郵便関連商品の販売や宅配業務を中心に営んでいます。また、高齢者や一人暮らしの人などが集う、地域の社交場にもなっており、誰でも気軽に立ち寄れ、ゆっくりと話ができる雰囲気作りを心掛けています。
これからの三宅商店を引き継ぐ4代目・匠さんは、営利を目的としない、倉敷のまちのために役立つ場にしたいと、展望を描いています。

■お酒の見附屋(みつけや)
児島下の町7-1-29
大正6年(1917年)創業
代表 石川誠(3代目)

初代・石川高男が、八百屋「見附屋」と称して食料品小売業を創業。その後、酒類やたばこの販売も開始し、さまざまな商品がそろう店になりました。
昭和40年頃、スーパーマーケット進出の影響から、2代目・豊昭は酒類専門店に業態を変更して、積極的に顧客を開拓していきました。そして「お酒のことなら見附屋さん」といわれるほど、地元からの信頼を確かなものにしていきました。
現在の見附屋の店内には、入手が難しいとされるような銘酒の数々がずらりと並んでいます。3代目・誠さんは、全国の日本酒や焼酎の蔵元を訪ね、酒造りに対する姿勢やその味を、自身の五感で確かめるというこだわりを持って酒を仕入れています。蔵元に何度も足を運んで信頼関係を築き、特約店として多くの限定流通品がそろう酒店へと進化させました。
「誠実な商い」を大切にしながら、これからも、厳選した限定流通品や地元児島が誇るうまい地酒が並ぶ、こだわりの店を守っていきます。

■猪木(いぎ)畳店
玉島2-4-26
大正6年(1917年)創業
代表 織田勝年(3代目)

初代・織田庄太郎が、玉島の畳店で修業を終え創業。当時は、畳床から縁(へり)縫いまでの工程を全て手作業で行っていました。庄太郎は、その真面目で丁寧な仕事で地元との信頼関係を築き、畳一筋の人生を送りました。
昭和40年代、住宅の洋風化が進み、和室の数は減少していきました。また、安価な外国産の畳が普及し始めますが、2代目・喜三郎は国産の畳床・畳表にこだわり続けました。受注数は減少したものの、古くから付き合いのある地元の客は、喜三郎の良いものを守り続ける人柄に信頼を寄せて、今までと変わらず仕事を依頼したといいます。
喜三郎は「自分で考え、自分の目で見て覚えろ」と3代目・勝年さんに伝統の職人技を継承し、育てました。勝年さんは、機械化が進んだ現在でも、床の間用の畳を手作業で作るなど、受け継いだ伝統の職人技を守り続けるため、日々努力を重ねています。

問合せ:本庁商工課くらしき地域資源推進室
【電話】426-3406、
ポータルサイト「くらしき地域資源ミュージアム」:http://www.kurashiki-shigen.jp/

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